せんだいメディアテーク
仙台の中心部、定禅寺通りに面し、仙台市民図書館、ギャラリー、スタジオ等を収容した7階建ての情報発信ビル。
〒980-0821
仙台市青葉区春日町2-1
tel: 022-713-3171
fax: 022-713-4482
http://www.smt.city.sendai.jp/
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中本誠司展によせて
彼は生前度々口にしておりました。
「体育館のような大きく広い所で個展をし、一点、二点ではなく、自分の全作品を見てもらいたい、全体で感じてもらいたい」
2002年5月にはメディアテークにてこの夢が実現されます。今回はその一部を見ていただきたいと思います。
中本氏が尊敬し大好きな美術家 上原二郎様の御便りを御紹介して、御挨拶にかえさせていただきます。
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展示場入口より |
北方の異星・中本誠司
彼の壯図は妖折によって中断されたかに見えるが、実はさにあらず、すでに完結されていた。
日本人のせんさいな美意識を打破する巨大な豪快な神経は早くから十分に発揮されていた。
我々凡俗は容易にそれを解することが出来なかっただけである。
岡本太郎も彼に比べれば通俗であり、てらいと偽善にみちている。
彼こそは将来にわたって日本の現代美術をめざめさせる者であった。
我々は彼の死後も彼によって導かれるところが多大なのである。
野人として土の中から立ち上がるはげしい力は縄文人にも似てたくましい。
新しい世紀にわたってまだまだ彼は先進にいる(彼はまだ生きていた。)。
ただ、ほとんどの日本人にはそれがわからないのである。我々は彼の示した現代美術のやり直しを継がねばならないのだが「いわゆる現代美術」 のスター達とはまるで異なったこの荒々しい革新性をつぐことはほとんど出来ない。
彼は偉大な凡人(天才)野人としてそびえ立つ者であろう。
彼の作品の缺点をあざ笑う者が皆小人・卑俗タイハイ人であるのだ。
芸術の差し示す虚無をこそ学びとるべきであろう。
おそるべき異人であった。
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第一展示室左側 |
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(1) 1994年制作 作品番号ゥ-B-5,ゥ-A-1 サイズ91×200 91×260
(2) 1975年制作 作品番号-T-3 サイズ140×170「友達と共同制作」
(3) 1974年制作 作品番号-J-1 サイズ135×205
(4) 1976年制作 作品番号・-F-56,57,58 サイズ 90×180×3
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第一展示室右側 |
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(5) 1970年代制作 作品番号・-F-28,31,75 サイズ90×180×3 「ハワイ」
(6) 制作年不明 作品番号・-F-32,35,37,38,39 サイズ90×180×5 「ASURA-1」
(7) 制作年不明 作品番号・-B-3,15,17 サイズ180×182×4
(8) 制作年不明 作品番号不明 サイズ180×265
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第二展示室右奥側 |
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(9) 制作年不明 作品番号・-A-6 サイズ180×265
(10) 制作年不明 作品番号・-A-7 サイズ180×265
(11) 1985年制作 作品番号不明 サイズ180×270
(12) 制作年不明 作品番号不明 サイズ180×280
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第二展示室左奥側 |
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(13) 1978年制作 作品番号・-C-9 サイズ133×165 「from SPAIN」
(14) 1979年制作 作品番号・-C-7 サイズ133×165 「from SPAIN」
(15) 1980年制作 作品番号・-C-8 サイズ133×135 「作品Mイ」
(16) 制作年不明 作品番号・-B-6 サイズ180×185 「WHICT WAY TO GO?」
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第二展示室左奥側より手前 |
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(17) 制作年不明 作品番号不明 サイズ180×185
(18) 1984年制作 作品番号・-E-11 サイズ135×180
(19) 1984年制作 作品番号・E-17 サイズ135×180
(20) 1984年制作 作品番号不明 サイズ180×135
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第二展示室右奥側より手前 |
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(21) 1994年制作 作品番号ゥ-B-1,2,7 サイズ170×91×3
(22) 1994年制作 作品番号ゥ-B-6,3,9 サイズ170×91×3
(23) 1981.2.10制作 作品番号・-C-19 サイズ165×130×2 「胎動」
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